おはようございます。「だいち」です。

8月になりました。
天候もやっと夏という感じで、春にアーリーリタイア生活を開始してから、やっと季節も1つ進んだと感じるようになりました。

僕はリタイアしてすぐに仕事関係のものを処分して、手帳の類は真っ先に捨てたので、去年の今頃何をしていたか思い出せないのですが、通勤時の暑さだけは覚えています。

勤務時間中はエアコンの効いた部屋で仕事をするので、恵まれた環境だったのですが、往復の通勤中の暑さはこたえました。
駅に着く頃には汗びっしょりで、ハンカチタオルも行き用、帰り用と2枚持っていました。
リタイアして、そんな夏の辛い通勤からも解放されました。

さて、リタイアしてから4ヶ月が経ちましたが、あまり心境に変化はありません。
リタイアしたことの後悔や経済的な不安もありません。
淡々と毎日が過ぎていっています。

妻や子供も僕が家に居ることにすっかり慣れて、当初僕が家事をすることに多少遠慮気味だった妻も、今の家事分担に慣れたようで、家事分担も上手く回っています。

今の生活は世の中の人が普通と考える形とは異っていると思いますが、自分の家族はそれで良しと受け入れてくれているので、それはそれでいいんだろうと思っています。

しかし、働かないことに対する後ろめたさは消えていません。
子供の頃から日本人として叩き込まれた「勤労」に対する考え方はすぐには変えられないでしょう。

今も時々、前の職場の上司や同僚からメールがあって、仕事や職場の状況は耳に入ってきます。
僕がリタイアすることで、僕が投げ出した仕事を引き継いでやってくれている人もいるはずです。

外に出れば、この暑い中働いている人の姿をたくさん目にします。
今の自分の生活は、働いている人がいて成り立っていると感じずにはいられません。

我が家は今、僕と妻が働いた蓄えと妻の収入で成り立っています。
生活保護や公的な補助は受けず、少ないながらも僕も納税はしていますし、健康保険料や国民保険料もきっちり納めて、ルールは守って生活していますので、少なくとも世間には迷惑をかけていないはずで、妻には後ろめたさを感じても、世間には後ろめたさを感じなくてもいい・・・はずです。

しかし、身体も心も働くのに支障なにのに、働き盛りの50歳の男が働かないことに対する後ろめたさの気持ちは消しきれません。
誰にも迷惑かけていないという気持ちと、働かない後ろめたさの入り混じった複雑な気持ちが続いています。