おはようございます。「だいち」です。

台風19号が到来する前日に、母とちょっと揉めることがありました。
実家の台風の備えが心配で電話をしたのですが、心配性の母なので、日頃から防災用品などもきっちり用意していて、準備はばっちりのようでした。

テレビで紹介されていた窓ガラスの飛散を軽減するために養生テープを貼る準備も、養生テープに加えて、プチプチの緩衝材も用意しているそうで、あとは貼るだけのようでした。

僕「じゃあ、今から行って貼ろうか。」
母「それくらい自分でできるから、わざわざ来なくても大丈夫。」
僕「わかった。時間に余裕あるうちに早く貼った方がいいよ。」
母「台風来るの明日だから、明日の夕方までに貼るから大丈夫。」
僕「え!材料はあるんでしょ。早く貼ればいいじゃない。なんで。」
母「さっき外からマンション見たけど、みんな貼ってないし・・・。」
僕「イヤイヤ、それは一番ダメだって。貼らなくても大丈夫だと思ってるんだったらいいけど、貼る必要があると思っているんだったら、貼れるうちにすぐ貼った方がいいし、こんな命にかかわるようなことで、みんながどうとか、誰もしてないとか考えるのはおかしいって。」

その後しばらく、大事な時に周囲の目を気にする愚かさを力説して、ちょっときつめに母を説得した結果、母はすぐに準備をしたようです。

この「みんな○○してる」とか「誰もしていない」とかの理由が僕の発火点になる時があって、妻とも揉める時があります。はっきり言って、イラッとします。

普段生活していく上で、どうでもいいことや、どっちでもいいことであれば、みんなに合わせることも大事だとは思うのですが、自分や家族の人生や命にかかわる時に、”みんな”はどうでもいいと言うか、敢えて無視して、自分で必死に考えて行動すべきだと思っています。

本来は”みんな”に引きずられやすい、人一倍”みんな”を意識してしまう自分の性格をわかっているので、その裏返しでそんな考え方をしているのだと思います。

そんな考えなので、50歳で早期退職してしまったのかもしれません。
普通、”みんな”は60歳の定年まで、きちんと働きますもんね。