こんにちは。「だいち」です。

今、齋藤孝さんの「50歳からの孤独入門」という本を読んでいます。
その中で面白いなと思った話です。

どこで読んだ文章なのか定かではないのですが、こう書かれていました。
「50歳になったときの預金通帳が、あなたのこれまでの人生の通知表です」
これを読んで、私は笑ってしまいました。「そうか、通知表がもう来てしまったんだ」「自分の成績は、まあこんなものなんだな」と。
さらに身も蓋もないことには、「そこからものすごく資産が増えることはありません」ともありました。

「50歳からの孤独入門」齋藤孝 朝日新書から引用

本の中で、齋藤孝さんも「資産だけが人生の価値だとはまったく思いませんが、考え方としては面白い」と書かれています。

全く同感で、資産額の多い少ないだけで人生の価値は計れないと思います。
結婚もせず、子供も作らず、買いたいものも我慢して、やりたい事もやらずの人生で貯めた1億円の貯金通帳。
やりたい事をやり尽くして、買いたいものは全て買って、行きたい所は行き尽くして、残高0円の貯金通帳。
僕の価値観ではどちらも選択したいと思いません。

何のために生まれてきたのかと思うような人生も嫌ですし、かと言って50歳にもなって貯金0のような不安定な人生も嫌です。

でも、進学、就職、結婚、子育てと言った人生の選択であったり、二十数年の仕事の成果であったり、50歳の資産額が自分の人生の通知表というのは、ある面では当たっていて面白い考え方だと思います。

自分の通知表はどうだったのか。
億なんて数字には届かない通知表でしたが、それなりの収入の仕事に就き、結婚して、子供も持って、家も買ってと、まあまあな暮らしが出来て、50歳で早期退職という選択も出来ました。
そう考えると、就職先、結婚相手の選択、仕事での稼ぎも、まあ及第点と言ってもいいのかなと思っています。