こんにちは。「だいち」です。

いつも読んでいる医師の方のブログで、アーリーリタイアした知り合いの話を書かれているのを読みました。

その知り合いの方も医師で、株式投資で一生遊んで暮らせるほどの資産を築き、一旦は医師を辞めて、アーリーリタイアしたものの、ゲーム三昧の毎日を送る中で、自分には医師としてウン億円は稼ぐ能力があるのにもかかわらず、今やっていることはニートや社会的落伍者と同じで、自分がやりたかったことはこんなことではなかったと気づき、そう思い出すとリタイア生活も楽しくなくなり、鬱々とした日々から脱するために、再度医師として仕事を再開したという話です。

このブログはアーリーリタイアの話を中心としていないので、知り合いの医師の方がアーリーリタイアするに至ったお金以外の動機や目的は書かれていません。

この医師の方も、きっと医療事故のリスクから逃れたいとか、勤務医の激務から逃れたいとか、家族との時間をたっぷり持ちたいとか、お金以外の理由もあったと想像します。

それでも医師として仕事を再開したことで、それなりに高い社会的評価を得られ、レベルの高い同僚と働くことで、鬱な日々からは脱することができ、アーリーリタイアしたお金以外の目的や理由よりも、働くことによる満足の方が上回ったと言えます。

このブログの話を読んで、平凡なサラリーマンと医師を比べるのも恐縮ですが、アーリーリタイア生活の痛い所を突かれたような気がしています。

僕の場合、遊んで暮らせるほどのお金があるわけではありませんが、仕事を辞めても何とかなると踏んで、アーリーリタイアしたわけですが、お金の問題だけでなく、仕事をしていないというモヤモヤとした不安が医師の話から気づかされます。

確かに仕事は食べていくためのお金を稼ぐ手段ですが、社会的評価を得ることや承認欲求を満たす面もあります。

アーリーリタイアする前は食べていけるかどうかのお金の面だけに目が行ってしまいがちですが、いざリタイアしてみると、無職になった社会的評価、世間の目も気になりだします。

残念ながら、医師のように特別な資格や手に職がある人と違って、50を過ぎた平凡なサラリーマンは気づいた時には手遅れで、一度リタイアすると元の職業や年収には戻れず、時給〇百円の仕事しかないのが現実です。

アーリーリタイアする前にはお金の計算だけでなく、リタイアする目的、自分がリタイアした後にやりたいこと、自分は何もない時間に耐えられるかを慎重に考えなければいけないと思わさられる話でした。

僕も時々、自分は何でアーリーリタイアしたかったのか思い出して、心の中で整理する必要がありそうです。