こんにちは。「だいち」です。

時々、セミリタイアって何だろうと考えることがあります。

昭和生まれ50代の僕が真っ先に頭に浮かべるのは大橋巨泉さんです。
一説によるとセミリタイアという言葉を日本で広めた人であり、一生困らないような資産と収入源を確保して、趣味のゴルフを堪能し、時々帰国してはテレビに出演して稼いでいくイメージです。

もう1人は、人気絶頂で引退した上岡龍太郎さんでしょうか。
上岡龍太郎さんはセミリタイアというよりは完全リタイアで、すっぱりと自ら芸能界から姿を消してしまいました。

僕がイメージするセミリタイアの根底には、このお二人の姿があるので、十分な資産や収入源があり、リタイア後も裕福な暮らしができて、まさしく悠々自適な生活を送れるのがセミリタイアというのが心の片隅にあります。

そう考えると、今の自分の暮らしをセミリタイアと呼んでいいのかという後ろめたさというか、恥ずかしさがあります。

一方で、セミリタイアブログを見ていると、20代や30代の若いセミリタイア、低資金低コストなセミリタイア、シングルのセミリタイア、いろいろなセミリタイアの形があります。
「ん!これってセミリタイアなの?ただの無職かニートじゃないの」と思ったり、「この年齢でこの資産額で将来大丈夫なのかな」と、余計なお節介を頭に浮かべることもありますが、セミリタイアの形なんて決まりはなくて、人ぞれぞれで好きなようにやればいいとも思います。

その反面で、50歳でセミリタイアなんて「普通」じゃない道を進んでいながらも、自分自身については古い価値観にガチガチに縛られています。

少しでも偏差値の高い高校・大学を目指し、親や他人から見て見栄えのいい就職をして、一人前の男として結婚して家庭を築き、子供を育て、そこそこ出世も目指す。
そんな「普通」でいること、「普通」でいなければいけないという気持ちが、常に僕の意識のどこかにありました。

バブル期だったので就職まではまだしも、平成の初め頃は男余りで結婚できない男性が何百万人も発生すると、嘘か本当かわからない話もありました。
今は「結婚なんて興味ない」、「結婚にメリットがない」というのもありなんでしょうが、当時はそんなことを言っても、モテない男のただの強がりか負け惜しみにしか聞こえず、大してモテもしない20代の僕にとって、結婚できないことは「普通」にたどり着けない恐怖でもありました。

それでも何とか結婚し、子供を育て、50歳まで「普通」の道を外れることなく歩んできました。
なので、今は「普通」からはみ出してセミリタイアを実行した自分の勇気に、我ながらちょっと頑張ったなと思っているのです。