こんにちは。「だいち」です。

今日で9月も最終日、昨年3月末にアーリーリタイアしてから1年半が経過しました。
感覚的にはそんなに長い時間には感じないのですが、数字として1年半と考えると、もうそんなに長い時間が経ったのかと思います。

ここ何回か投稿しているように、実際にアーリーリタイアしてみると、30年近く続けたサラリーマン生活と暮らしは激変するので、サラリーマンとしてのストレスから解放された反面、先々に不安に感じることもあります。

お金に関することは、先日も投稿したように今は全く不安に思うことはありませんし、毎日の生活でお金のことを考えることも少なくなりました。
リタイア前の計画よりも良い方に進んでいることもありますが、もうこれ以上資産を増やそうという気持ちが薄らいでいるので、現状が維持できれば御の字だと思っています。

今、不安に思うのは自分自身の精神面のことでしょうか。
今は少しだけパート仕事をしていますが、前職の時に比べれば、大きな責任を負うこともなく、自分が望んでいた生活とは言え、非常に楽な毎日を過ごしています。

完全リタイアしていた1年間に比べれば、パート仕事をしている今の方がその気持ちは少しは薄らいだのですが、全く働かず、社会との関係が薄くなることで、自分自身の人としての成長が止まるどころか、劣化していくのではないかという不安があります。

先日、いつも購読しているサイトの記事で、医師の方が書かれた「なぜ人は、仕事を辞めると劣化してしまうのか。」というタイトルの投稿を読みました。

人は仕事を辞めて、誰の目も気にせず、自分の好きにできる反面、他人の目がなくなることでどんどん劣化し、行きつく先は「老害」というような内容の投稿です。

その投稿を読んで、今の自分の一番の不安というか、痛いところをピンポイントで突かれた気持ちでした。
今のセミリタイア生活は望んでいた理想的な暮らしで、何の不満もなく満足しているのですが、こんな生活をあと何十年も続けていくと、確実に人としての成長は止まってしまうでしょうし、止まるどころか人として劣化して、落ちぶれてしまうのではないかと不安になることがあります。

数は少ないとはいえ、前職時代の同期や同僚の何人かとは今後も関係が続いていくと思っています。
多分、今後も成長し続けるであろう同期や同僚達と自分を比べた時に、成長が止まった若しくは劣化した自分を卑下せずに付き合っていけるのか、成長した彼らに対してくだらない嫉妬心が湧かないのか、そんな不安です。

そんな自分を卑下する気持ちが、数少ない人間関係をさらに遠ざけてしまう悪循環に陥ってしまう恐怖、その先にある老害化、それらを回避するにはどうすればいいのか。
もう1年半も経ったのに何もしていない、何も出来ていないという焦りに似た気持ちが、そんな不安を駆り立てているのかもしれません。