こんにちは。「だいち」です。

月給とボーナスを貰っていたサラリーマンをアーリーリタイアして、今はセミリタイア生活を送りながら時給で働くパート仕事をしています。

ある程度の額を貰っていた月給から時給に変わったことで、買い物をする時の意識が変わりました。
食料品や日常生活に必要な物を買うときには何も思わないのですが、特になくても困らないような物やしなくてもいい事にお金を使う時に、これを買うために、これをするために自分は何時間働かなければいけないのかと、その価格と自分の労働時間を比較してしまうのです。

仮に時給1000円だとしたら、5000円の物を買うのに5時間働かなければなりません。
そう考えると、自分は5時間働いてまで欲しいのかと思ってしまうのです。
月給で働き、自分の時給を意識することがなかったサラリーマン時代にはなかった感覚です。

話は変わりますが、先日、いわゆる1000円カットの床屋に行きました。
最近いくつか1000円カットの床屋が近所にできたのですが、僕は他人にカミソリをあてられるのが怖いのと、なるべく会話なしでサッサと済ませたいので、値段は安く、かつ希望どうりなので大変助かっています。

僕が髪を切ってもらっている時に、年配の女性が店に入ってきて、車椅子を車道から歩道に上げるのを手伝って欲しいと理容師さんに声をかけました。

鏡越しに店の外を見ると、車椅子に乗った男性が車道にいて、店に入るためには車椅子を車道から歩道に上げて、さらに歩道から段差のある店内まで持ち上げる必要があります。
年配女性の口調はお願いというよりも命令に近い印象で、少し理容師さんを見下したような、第三者の僕が聞いても不愉快な感じでした。

理容師さんは自分も腰と足が悪いので無理だと断ったので、年配女性は諦めたかと思ったのですが、遠回りをして車道からスロープで歩道に上がり、店の前まで再度来ました。

しかし、店に入るには段差があり、店内は狭いので車椅子は簡単に入れそうにありません。
さすがに理容師さんも僕の髪を切る手を止めて店の外へ出ていきましたが、やはり1人や2人では無理そうで、どういう会話があったかわかりませんが、年配女性と車椅子の男性は去っていきました。

ここまで読めば、僕も手伝うべきだとお叱りの声があるかもしれませんが、年配女性が最初に去った後に理容師さんの本音を聞いていたので、手も口も出すべきではないと思っていました。

「このような低価格で勝負している店は時間との勝負なので、あらゆるサービスは省いて数をこなさないとやっていけないんですよ。気の毒だとは思うが無理なんですよ」と理容師さんは話かけてきました。

確かに車椅子を受け入れるためには、あまりにも店が狭すぎて、狭い通路に置かれた椅子や棚を移動させたり、車椅子から理容用の椅子に乗せかえるだけでも一苦労です。

この店は早くても1人20分ほど時間がかかるので、どう頑張っても1時間に3人で3000円、それに隙間なく客が来るわけでもなく、家賃や経費を考えると、理容師さんの手取りは時給1000円~1500円ではないかと思います。

さらに長年客商売をやっている勘で、年配女性が入ってきてすぐに、これは些細なことでクレーマー化する客で、かかわったら面倒なことになる、10分20分の手間で済まないと判断したようでした。

この話は障害者や関係者は怒り出すかもしれない話で、障害があっても不自由なく生きていける平等な社会というのは全くの正論で反論の余地はありませんが、一方で時給1000円で数をこなさないと生活が成り立たない商売があるのも現実です。

僕も身内に高齢で身体が不自由な人間を抱えているので、以前ならば安っぽい正義感で単純に何て冷たい店なんだろうと思っていたかもしれません。
しかし、時給1000円から見える世間は少し違って見えるようです。