こんにちは。「だいち」です。

2019年3月末にサラリーマンをアーリーリタイアしてから1年と10か月が経過しました。
毎朝仕事に出かけていた頃がついこの間のような気もしますが、4月が来れば2年と思うと随分と長い時間が経ったとの思いにもなります。

2年という時間は、サラリーマンにとっては、大きなイベントを片付けたり、1回転勤をしたり、1つ昇進したりと、自分の環境に変化をもたらすには十分な時間です。

セミリタイア生活の2年にはあまり大きな変化もなく、リタイアしてからの時間が長くなるにつれて、リタイア直後の特別感や違和感のようなものは薄れて、すべてが日常となってしまいました。

リタイア直後は大の男が平日の日中に近所をブラブラすることさえ憚られ、何か悪いことでもしているような居心地の悪さを感じていましたが、今となっては何も感じなくなり、他人の目も全く気になりません。

目覚まし時計をセットせず寝ることも、満員電車に乗らなくていいことも、毎日家族と夕食を共にすることも、全てが普通の生活となり、特別なこととは思わなくなりました。

年功序列で一番おいしい50代の給料10年分を捨ててまで、アーリーリタイアして手に入れたかった今の生活のありがたみが薄れているのは、ふと自分でも危険信号だなと思いました。

アーリーリタイアする目的は人それぞれで、今の嫌な仕事や人間関係から逃れたいとか、満員電車が嫌だとか、早起きが嫌とか、特に高尚な目的でなくても僕はいいと思っています。
まあ起業するとか、趣味に没頭するとかだと恰好いいとは思いますが、僕は違いました。

僕の場合は、いつまで続くかわからない単身赴任に嫌気がさして、特に贅沢な暮らしがしたいわけでもなく、夫婦二人で食べて行けさえすれば十分なのだから、普通に家族が一緒に暮らす生活がいいと思ったのです。

今の暮らしを考えてみると、子供たちは巣立ってしまったけれど、リタイアして自宅に戻り、時々小さな夫婦喧嘩はしつつも、夫婦で寝食を共にして、ちょっと親のことも手助けして、平凡だけどリタイア前に自分が思い描いた生活をしています。

いつの間にか日常に埋もれてしまっていましたが、何で自分がアーリーリタイアしたかったのか、時々その目的を思い出して、平凡なセミリタイア生活の幸せを噛みしめる必要がありそうです。